妊娠中/産後:接種推奨のワクチン
妊娠中のお母さんにとって、お腹の中で育つ赤ちゃんの健康と安全は何よりも大切なことです。「妊娠中にワクチンを接種しても本当にお腹の赤ちゃんに影響はないの?」「赤ちゃんにとってどんなメリットがあるの?」といった不安や疑問を抱かれるのは、母としてとても自然で健やかな感情です。
今回、お伝えしたいのは、妊娠中のワクチン接種は、お母さん自身の身を守るだけでなく、生まれたばかりの赤ちゃんへ届ける最初の『母体免疫(経胎盤移行)』という最高のプレゼントになるということです。
生まれたばかりの赤ちゃんは、自ら免疫抗体を作る力がまだ十分に備わっていません。
お母さんが妊娠中に適切なワクチンを受けることで、胎盤を通じて強力な抗体が赤ちゃんに移行し、生後すぐの最も無防備な時期を感染症から守ってくれます。
本記事では、最新の臨床エビデンスに基づき、妊婦さんが妊娠中および産後に知っておくべき「4つの重要ワクチン」について、わかりやすく丁寧に解説します。




1:新生児の細気管支炎・肺炎を防ぐ「RSVワクチン(アブリスボ)」
RSV(呼吸器合胞体ウイルス)は、乳児期における急性気道感染症の代表的な原因ウイルスです。特に生後数か月以内の乳児が感染すると、細気管支炎(さいきかんしえん)や肺炎を引き起こし、呼吸困難に陥って入院治療を余儀なくされるケースが後を絶ちません。
妊娠中にお母さんがRSVワクチン(アブリスボ筋注用)の接種を受けることで、お母さんの体内で作られた強力な中和抗体が胎盤を通じてお腹の赤ちゃんに送られます。これにより、生まれたばかりの赤ちゃんは出生直後からRSVに対する免疫防御力を備えた状態で社会に出てくることができます。
RSVワクチン(アブリスボ)の主なポイントは以下の通りです。
乳児の細気管支炎・肺炎および入院の予防: 母体免疫の経胎盤移行により、出生後の赤ちゃんがRSVに感染した際の重症化、細気管支炎や肺炎の発症、およびそれに伴う入院リスクを著しく軽減します。
出生直後からの即効性ある保護: 赤ちゃん自身の免疫系が発達し、自前の防御力を獲得するまでの最も危険な生後早期の数か月間を、お母さんからもらった抗体がカバーします。
適切なタイミングでの母体接種: 妊娠中の指定された適正週数に母体へ接種することで、臍帯血中の抗体濃度を高め、経胎盤移行の効果を最大限に引き出します。











2:生後すぐの百日咳から命を守る「3種混合ワクチン:百日咳/破傷風/ジフテリア」
百日咳(ひゃくにちぜき)は、激しい咳き込みを引き起こす感染症ですが、まだ自身のワクチン接種(四種混合や五種混合など)を完了できていない生後早期の乳児が感染すると、無呼吸発作や脳症、呼吸不全を引き起こし、命に関わる極めて重症な経過をたどります。
お腹の赤ちゃんを百日咳の危険から確実に守るためのベストタイミングは、妊娠27〜36週(特に27〜32週/30週前後)です。臨床研究において、妊娠30週前後で母体が3種混合/Tdap接種を受けることで、臍帯血(さいたいけつ)中の百日咳毒素抗体濃度がピークに達し、胎盤を経由して最も効率よく抗体が赤ちゃんへ送られることが立証されています。
妊娠中の3種混合/Tdap接種がもたらす乳児への保護効果は、臨床データにおいて以下のように極めて強力です。
生後3か月未満の乳児の百日咳予防効果: 78〜93%
生後早期の乳児の入院リスク削減: 90%以上
生後早期の乳児の死亡リスク削減: 95%以上
なぜ「家族が打つコクーン戦略(巣ごもり戦略)」だけでは不十分なのか?
以前は、父親や同居家族がワクチンを接種して赤ちゃんの周りを固める「コクーン戦略(巣ごもり戦略)」が推奨されていました。
しかし、近年の科学的研究により、コクーン戦略には以下の大きな限界があることが解明されています。
きょうだいが主要な感染源となる事実: 近年の疫学調査では、母親だけでなく「上の子(きょうだい)」が乳児への主要な感染源になっていることが判明しており、家庭内での伝播を完全に遮断することは極めて困難です。
無症状感染・伝播を防ぎきれないワクチンの特性: 無細胞百日咳ワクチンは接種者の「発症」を強力に防ぎますが、気道への菌の定着や他人への「伝播(感染させること)」を100%防ぐわけではありません。
実施上の難しさ: 出産前に家族全員が漏れなく接種を完了させることには、コストやスケジュール面で大きな壁が存在します。
これらの科学的理由から、現在では「妊娠中の母体接種による直接的な母体免疫の獲得(経胎盤移行)」こそが、生後すぐの赤ちゃんを百日咳の生命の危機から守る最も確実で効果的な第一選択策として位置づけられています。






3. 妊娠中の重症化と赤ちゃんを守る「不活化インフルエンザワクチン」
妊娠中にインフルエンザに感染すると、妊娠による免疫系や呼吸循環器系の変化に伴い、母体が重症化するリスクが著しく高まることが知られています。妊娠中のどの時期(妊娠初期・中期・後期)であっても安全に接種できる「不活化インフルエンザHAワクチン(IIV)」は、日本小児科学会、日本ワクチン学会、日本産科婦人科学会をはじめとする国内外の専門学会で強く推薦されています。
ここで専門医として明確にお伝えしたい重要なポイントは、ワクチンの「種類」による違いです。
近年登場した鼻にスプレーするタイプの「経鼻弱毒生インフルエンザワクチン(フルミスト®点鼻液など)」は、鼻粘膜でウイルスが微小に増殖する「生ワクチン」であるため、妊婦さんへの接種は明確に禁忌(接種不適当者)とされています。
一方、定期接種等で用いられる「不活化インフルエンザワクチン(IIV)」は、ウイルスの感染力を完全になくしたHA抗原成分のみを含有しているため、体内や胎盤でウイルスが増殖する心配は一切ありません。必ず注射タイプの「不活化ワクチン」を選択してください。
不活化インフルエンザワクチンの主な臨床的メリットは以下の通りです。
母体と生後早期の乳児を守るダブル保護効果: 臨床データに基づき、不活化ワクチンの接種はお母さん自身の重症化や肺炎発症を防ぐだけでなく、胎盤を経由して移行した抗体(経胎盤移行)が、自らワクチンを接種できない生後すぐの乳児におけるインフルエンザ発症リスクや入院リスクを大幅に低減させます。
全妊娠期間で安全に接種可能: 妊娠週数を問わず、インフルエンザの流行期に入る前の適切なタイミング(秋口〜冬)での接種が推奨されます。
学会ガイドライン・専門家の見解 「不活化インフルエンザワクチンは妊娠中のどの時期でも安全に接種可能であり、母体の重症化予防のみならず、胎盤を経由した抗体移行(経胎盤移行)により、自らワクチンを接種できない生後すぐの乳児におけるインフルエンザ発症および入院リスクを著しく低減させます。」



4. 【注意!】妊娠中はNG、だからこそ「産後すぐ」に「風しん・MRワクチン」
ここまでに紹介した3つの不活化ワクチンとは大きく異なり、風しんワクチン(MR:風しん麻しん混合ワクチン)は「生ワクチン」です。
そのため、妊娠中のMRワクチン接種は禁忌(絶対に受けてはいけない)とされています。女性が接種する場合は、あらかじめ約1か月間の避妊を行い、接種後約2か月間は妊娠を避ける厳格なスケジュール管理が必要です。
妊婦健診の検査結果と「産後すぐ」の接種の重要性
妊娠初期の妊婦健診で行う血液検査において、「風しん抗体価が低い(HI抗体価16倍以下など)」と判定されたお母さんもいらっしゃるかと思います。抗体価が低いということは、妊娠中の10か月間、風しんウイルスに感染して赤ちゃんに「先天性風しん症候群(目・耳・心臓などの障害)」が生じる危険性と常に隣り合わせで過ごされたことを意味します。妊娠中は生ワクチンを接種できないため、お母さんは感染不安を抱えながら耐えるしかありませんでした。
だからこそ、無事に出産を終えた「出産直後(産褥期・退院前)」のタイミングで、すぐにMRワクチンを接種することが臨床的にきわめて重要な意味を持ちます。
次の妊娠への備えと無防備状態の解消: 出産直後に接種を受けることで、妊娠中に抱えていた風しんへの無防備な状態を速やかに解消し、将来の次の妊娠における先天性風しん症候群のリスクを確実に防ぐことができます。
生まれた赤ちゃんや家族の保護: お母さん自身が風しんに対する免疫を獲得することで、家庭内での風しん流行を防ぎ、自力で免疫を持たない生まれたばかりの我が子へウイルスをうつすリスクを最小限に抑えます。
授乳中の高い安全性: 授乳中のMRワクチン接種の安全性は医学的に十分に確立されています。ワクチンウイルスが母乳を介して赤ちゃんに悪影響を与える心配はありませんので、退院前の産褥期に安心して接種を受けてください。



赤ちゃんへ贈る最初の「免疫のプレゼント」
-まずは、ワクチン/感染症の知識をアップデートしている医師に相談してください。
妊娠中から産後にかけて知っておくべき「4つの重要ワクチン」を改めて整理しましょう。
妊娠中に受けるべき3つのワクチン(不活化ワクチン)
1:RSVワクチン(アブリスボ): 妊娠中の母体接種による経胎盤移行で、生まれた赤ちゃんの細気管支炎・肺炎および入院リスクを効果的に防ぐ。
2:Tdapワクチン: 妊娠27〜36週(特に27〜32週/30週前後)に接種。生後3か月未満の乳児の百日咳による入院を90%以上、死亡を95%以上防ぐ。
3:不活化インフルエンザワクチン: 妊娠中のどの時期でも接種可能。母体の重症化を防ぐとともに、経胎盤移行により生後早期の乳児のインフルエンザ発症・入院リスクを大幅に減らす。
産後すぐに受けるべき1つのワクチン(生ワクチン)
4:風しん・MRワクチン: 妊娠中の接種は厳禁。健診で抗体価が低かった方は、次の妊娠での先天性風しん症候群予防と我が子を守るため、「出産直後(産褥期・退院前)」に必ず接種する。
ワクチン接種を選択することは、お母さんご自身の身体と生命を守るだけでなく、自分自身では抗体を作ることができない生まれたばかりの我が子に贈る、最も確実で優しい「プレゼント」です。
具体的な接種スケジュールやご自身の体調に応じたタイミングについては、診察の際に、院長
にお気軽におたずねください。私たち医療スタッフ一同、お母さんとお腹の赤ちゃんが安心して出産と新しい生活を迎えられるよう、全力でサポートいたします。








