インフルエンザワクチンの効果とは?
- feverworkup
- 4 日前
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1. 本当の価値は「感染予防」より「重症化予防」にあり
「ワクチンを打ったのに、結局インフルエンザにかかってしまった」。これは、多くの人が抱く不満であり、ワクチンの効果を
疑問視する最大の理由かもしれません。
しかし、議論の前提として知っておくべき重要な事実があります。それは、ワクチンの最も大きな価値が「感染そのものを完全に防ぐ」こと以上に、「重篤な状態に陥るのを防ぐ」ことにあるという点です。
実際に、外来受診で済むような比較的軽い感染を防ぐ効果と、入院が必要になるような重症化を防ぐ効果には、明確な差が見られます。
日本の小児を対象とした2024-25シーズンのデータでは、注射式ワクチン(IIV)の有効性について、以下の結果が報告されました。
• 外来での発症を予防する効果:57%
• 入院を予防する効果:73%
このように、入院を防ぐ効果が発症予防効果を大きく上回っていることがわかります。
この傾向は日本に限ったことではありません。米国や欧州の最新データでも「重症化(入院)の予防効果は成人・小児ともに明確でした」と結論づけられています。
ワクチンは100%感染を防ぐ魔法の鎧ではありません。しかし、万が一感染してしまった場合に、命に関わるような事態や深刻な合併症を避けるための、最も信頼できる「重症化を防ぐためのシートベルト」なのです。
2. 「注射 vs 鼻スプレー」論争の意外な結論
2023年に承認され、2024年から日本でも利用可能になった鼻スプレー式の経鼻生ワクチン「フルミスト®」。
注射の痛みがなく、特に小さなお子さんにとっては画期的な選択肢として注目されています。
ここで当然生まれるのが、「従来の注射と鼻スプレー、どちらがより効果的なのか?」という疑問です。
最新技術である鼻スプレー型が圧倒的に優れている、あるいはその逆、と多くの人が予想するかもしれません。
しかし、科学的な結論はもっと示唆に富んでいます。
最新の複数の研究をまとめた系統的レビューやメタ解析では、「小児において両者の有効性は概ね“同等”」と結論づけられているのです。どちらかが一方的に優れているという明確な証拠はありません。
この考え方は、専門家の間では共通認識となっています。
例えば、米国の予防接種諮問委員会(ACIP)の勧告でも、重い免疫不全など特別な禁忌がない限り「製剤間の優先順位を設けない」ことが基本方針とされています。つまり、これは優劣の問題ではなく、個人の状況や希望に応じて選べる「選択肢」が増えたと捉えるべきなのです。
ただし、これはあくまで海外でのデータが中心です。
日本国内の状況に目を向けると、重要な注意点が見えてきます。導入初年度であった2024-25シーズンにおいて、鼻スプレー式ワクチンの接種率は1.2%と極めて低かったため、「有効性を評価するための十分なデータが得られなかった(評価不能)」のが現状です。今後、国内での利用が広がり、日本人のデータが蓄積されていくことが待たれます。
3. 60歳以上のための「特化型ワクチン」が登場
高齢者は、加齢によって免疫の働きが低下する「免疫老化」という現象に直面します。
そのため、インフルエンザにかかると重症化しやすく、従来のワクチンを接種しても若い世代ほど十分な効果が得られにくいという課題がありました。
その課題に対する答えとして、日本で新たに承認されたのが、高齢者向けの高用量ワクチン「エフルエルダ®」です。
このワクチンの最大の特徴は、含まれる抗原量(ウイルスの目印となる成分)にあります。
従来の標準的なワクチンに含まれるHA抗原量の実に4倍を含有しており、免疫応答が低下した高齢者でも、より強力な免疫を獲得できるよう設計されています。
海外で実施された大規模な臨床試験では、標準的なワクチンと比較して、以下のような具体的な効果が示されています。
• 入院リスク ➡ 標準不活化ワクチン+17.9%軽減
• インフルエンザに関連する肺炎による入院 ➡ 標準不活化ワクチン+13.4%軽減
日本での状況ですが、このワクチンは2024年12月27日に製造販売承認を取得し、2025年1月には保険適用も開始されています。ただし、製造・供給体制の準備のため、全国で本格的な接種が開始されるのは2026年秋からとなる予定です。
海外などでは、すでに10年以上も前から高齢者向けの高用量ワクチンが使用されており、「入院や死亡のリスクを減らす」という研究報告も多くあります。日本でもようやく導入されることになります。
注:適応年齢は、60歳以上の方になります。これは、若年層には高用量である必要がないためです。
エフルエルダの登場により、高齢者のインフルエンザ予防は「免疫老化」を科学的に克服する新たなステージへと進みます。
4. 鼻スプレー式は「持続期間」と「守備範囲」も違う
鼻スプレー式ワクチン「フルミスト®」には、注射式との有効性の比較だけでは語れない、ユニークな利点があります。それが「効果の持続期間」と「守備範囲の広さ」です。
第1に、効果が続く期間が異なります。
注射式ワクチンの効果持続期間が「約5か月」とされるのに対し、フルミストは「約1年」持続するとされています。
第2に、守備範囲の広さです。
フルミストは、弱毒化された生きたウイルスを使い、ウイルスの侵入口である鼻の粘膜に直接免疫を作ります。
この仕組みにより、「その年に流行しているインフルエンザの株と、ワクチンに含まれる株が少し違っていても、発症を軽症化させる作用がある」と期待されています。これは、専門家による流行株の予測が外れてしまったシーズンでも、一定の効果が見込める可能性を示唆する重要な利点です。
さらに、実用面での大きな利点として、接種回数が挙げられます。
注射式ワクチンでは原則として3~9歳以下は2回の接種が必要ですが、フルミストは年齢にかかわらず毎年1回で完了します。これは、お子さんと保護者双方の負担を軽減する、見逃せない違いです。
注:日本での適応年齢は、2歳以上~19歳未満(18歳以下)になります。
5. 3つのワクチンのお財布事情と効果の違い
標準不活化ワクチン:3.600~4.500円
鼻スプレーワクチン(フルミスト®):7.500~9.500円
高齢者用4倍不活化ワクチン(エフルエルダ®):7.500~9.500円
この3つのメリットと価格を天秤にかけ、どれがベストを考え、選べる時代となってきました。
あなたは、どうされますか?
まとめ
インフルエンザワクチンは、誰もが同じものを打つ単一の対策から、年齢や基礎疾患の有無、ライフスタイルに応じて最適なものを選べる「個別化」の時代に入りました。
そして何より、ワクチンの真の目的は、単に風邪のような症状を防ぐこと以上に、あなたやあなたの大切な人が入院や合併症といった重篤な結果を避けることにあります。
この冬、あなたとあなたの大切な人を守るために、どの選択をしますか?
【参照論文・ガイドライン概要】1. 重症化予防効果は発症予防より明確
:インフルエンザワクチンの最大の価値は、感染予防より重症化・入院防止にあるという論点
・Effectiveness of influenza vaccination in children (システマティックレビュー・小児)小児におけるインフルエンザワクチンの入院・発症両方の予防効果を評価。重症化(入院)予防効果は高い。
・CDC: Influenza (Flu) Vaccine Effectiveness季節性インフルエンザワクチンの重症化リスク低減(小児・成人)https://www.cdc.gov/flu/vaccines-work/effectiveness-studies.htm
・Japanese Society for Infectious Diseases (日本感染症学会)「インフルエンザワクチン接種の手引き」2024日本の推奨、入院・死亡率低減への科学的エビデンスまとめhttps://www.kansensho.or.jp/modules/guidelines/index.php?content_id=47
2. 注射型 vs 経鼻生ワクチン(FluMist®)の有効性比較
:経鼻生ワクチン(LAIV)の有効性は小児で注射型不活化ワクチンと同等という科学的結論を裏付け
・Live attenuated vs. inactivated influenza vaccine in children: Systematic review and meta-analysis小児におけるLAIV vs IIVの発症予防効果は同等(Meta-analysis)
・ACIP (Advisory Committee on Immunization Practices) Recommendations(2024年インフルエンザ)製剤間に優劣はなく、患者の年齢・希望・禁忌に応じて選択推奨https://www.cdc.gov/mmwr/volumes/73/rr/pdfs/rr7302a1-H.pdf
・日本小児科学会「インフルエンザワクチンに関するQ&A(2024改定)」日本国内で生ワクチンの有効性データ不足で評価困難、今後データ集積要https://www.jpeds.or.jp/modules/activity/index.php?content_id=148
3. 高齢者向け4価・高用量ワクチン(Efluelda®)
:高齢者免疫老化(immunosenescence)克服のための高用量不活化ワクチン(Efluelda®、抗原量4倍)の有効性
・High-dose influenza vaccine in elderly: Review and meta-analysis高齢者での高用量IIV4は、標準ワクチンよりインフルエンザ・肺炎入院リスクを有意に減少。
・欧州医薬品庁 EMA Efluelda® 承認審査書類4価高用量IIV4 (60歳以上)、国内外入院リスク軽減エビデンスhttps://www.ema.europa.eu/en/medicines/human/EPAR/efluelda
・日本ワクチン学会 インフルエンザワクチン最新情報2025国内2024年承認、2026年本格導入予定、保険適用詳細https://www.jsvac.jp/news/2025/efluelda.html
4. 経鼻スプレーワクチンの効果持続・守備範囲
:LAIV(FluMist)の効果持続期間・交差防御(「守備範囲」)・接種回数差などの学術根拠
・Duration of immunogenicity of live attenuated influenza vaccineLAIV効果は最大1年間持続というエビデンス
・Cross-protection against heterologous influenza strains by LAIV鼻スプレーワクチンによる交差防御(流行株ズレにも軽症化効果)
・日本小児科学会 2024年度インフルエンザワクチン関連情報原
則年1回接種(注射型は12歳以下2回)、国内初年度導入率や留意点

